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ケンケンの顔

ドラム
工藤 “MIGI” 健介

1984年 山口県宇部市出身

4歳の時、あまりにも音痴だったのを心配した親のすすめで、ピアノを習い始める。
しかし、先生が厳しく、音楽は2度とやらないと心に決める。

14歳の時、黒夢にハマり中二病が発症する。
ビジュアル系全盛期、同級生とバンドを組みドラムを始める。
音楽の楽しさに目覚め、自宅で練習パッドを叩きまくる日々だったが、
ばあちゃんから不良になった疑いを持たれる。

山口県内の高校に進学し、器楽部に入部。
ポップ、ロック、パンク、メタル、メロコア、様々なジャンルの音楽で青春を謳歌する。
気力、体力のピーク。初めてできた彼女に3日で振られるという実績を作る。
勉強はからきしだったが、やればできるをモットーに短期集中で大学進学果たす。

長崎の大学入学後、軽音サークルに入部。
同期が男しかいないという暗黒時代に突入する。
バイト先とサークルセンターを往復し、ひたすら呑んだくれる。
この頃は洋楽に興味を示し、UKロックを好んで聴いていたが
フランツのファーストアルバムは聴きすぎてしまい、現在では吐き気がしてしまう。
また、学生生活後半に社会人スカバンドからオファーを受け、 メンバーとして加入。
島村楽器主催のオーディションイベントHOT LINEで九州代表となる。
しかし、おのぼりさん状態で前日入りし、
当日の恵比寿ガーデンホールではメンバー全員が二日酔い。
惨敗したが、興奮した両親がわざわざ山口から見学に来たという記録を残した。

社会人となり、東京に移る。
大学時代の繋がりでこちらでもバンドを始める。
ベーシスト探しをしている時にイベントの別バンドにいた
長髪のヒロキと出会い、即、加入をオファーする。
やがてヒロキとは行動を共にするようになるが、
コイツは遅刻ばかりしていやがった。
この頃、ひとりファンク宣言をしていた所長とも出会い
バンド形式のライブにヒロキと共に出演。
その後も、旧体制だった村上成作所のイベント遠征などに参加する。
尚、仙台のイベント当日には楽天が初優勝。
星野さん、おめでとうございました。

所長が世界一周の旅から帰国した後、
誘われる形で村上成作所へ正式加入。
ヒロキを巻き込み、現在に至る。

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